5教科の学習の際、そこには必ず「国語」があります。教科書の文章の意味が分からなければ、途端に授業はつまらなくなるでしょう。テストでも何を尋ねられているのかが分からなければ、決して解答にはたどり着けないでしょう。
逆に国語が得意であれば、教科書の意味はもちろん、先生が言いたいことも理解しやすくなります。学習の場でのストレスは大幅に軽減され、新しい知識を得る喜びを知ることが出来るようになるでしょう。それがテストの結果として眼に見えるものとなったとき、喜びは自信へと変化し、更なる学びを得る原動力となるのです。
私は国語とは学びの土台であると考えています。「国語」が得意であるということ、それはすなわち学習がスムーズに進むことに直結しています。大きなストレスを感じずに、かつ限られた時間の中でより多くの学習量を得るために、国語の力は不可欠なのです。
また、国語の力は学校生活だけで役立つわけではありません。相手の言わんとすることを理解する。要点をまとめる。自分の言葉で意見を文章にする。これらは全て、社会に出てからもずっと必要な力として求められる力なのです。
私はこれまでの社会人生活のなかで、外資系企業で就労する機会に恵まれました。そして日系企業とは異なる評価システムで評価される事になりました。すなわち、「自分の成果を根拠を明確にして論理立ててアピールする」ことによって評価が決まっていくのです。
日系企業でも成果を数値化した評価が行われることが多くなってきたように思いますが、私が所属した企業では仮に成果が目標未達成であったとしても、ではなぜ未達成に至ったかを説明でき、自身が行ってきたことの効果で未達成部分を最小化出来たことをアピールできれば、それは成果として認められたのです。当初、このシステムへの理解が浅く悪戦苦闘しましたが、上司からのトレーニングのおかげでアピール力が上がり、社内査定で1位を取ることが出来るようになったのです。
これはほんの一例ですが、このように国語力は将来に渡って、また国内に限らず必要になる力です。今、何かしら学習の場でもどかしさを感じている方も、国語力を高めることにより学習そのものへの抵抗感を減らし、他教科でも高い学力を得ることが可能であると考えています。また、社会人になってからも自身の望む未来をつかむ力として、国語力は必ず役立つものであると思います。これらの理由から、私は国語を重視しております。