「女子校御三家」として、桜蔭・雙葉とともに伝統と高い偏差値で知られている女子学院中学校。
1870年に創立された、プロテスタントに属するキリスト教主義の学校です。細かい校則がないばかりでなく、制服もありません。それは校則によって生徒を正すのではなく、聖書の教えを実践していくことで自律の精神を育み、正しい判断が出来る生徒の育成を目指しているためです。生徒の自主性を尊重する明るく自由な校風、その一方で「真の自由は責任を伴う」という院長のご挨拶には、大人もハッとするものがあります。
求められる
大問3、うち1つは漢字問題です。40分という試験時間で5000字程度という、大学入試に匹敵する文章量の問題を読み解く事が求められます。文章量が多いだけでなく、あまりに簡潔な問題文に、出題者の意図を掴みかねることにも時間を取られる事が予想されます。文章も中学入試としては難易度が高く、「読む」「汲み取る」「まとめる」「記述する」といった総合的国語力が求めれています。
大問1を見ていきましょう。
「私」はハンガリーの地で皆既日食にあわせて開催された研究会に参加していました。
問1では、皆既日食が始まって、馬や鳥、蝶といった草原の生き物たちがじっとして気配を消している中、人間は大騒ぎをしている、この違いの理由を問います。問題として抜き出された文の2行後に、「人間がもし(日食の過程を)知らなければ、びっくりするし恐ろしい事が起きたと感じる」旨の記述があります。ということは、人間は日食の過程を知っているから、大騒ぎできるのです。では、解答が「人間は皆既日食の過程を知っているから」となるかというと、そうではありません。もし人間が「皆既日食の過程を知っている」だけであれば、月が太陽の光を遮っている間、わざわざ空を見上げることはないでしょう。
太陽の光が消えた瞬間、昼は闇になり、星が輝く。この美しくも貴重な現象に心を動かされるからこそ、人間は大騒ぎします。一方、「びっくりするし恐ろしい事が起きた」と感じて気配を消してじっとしているのは草原の生き物。この問1が何を問いているか、まとめてみましょう。
- 人間は草原の生き物と違い、皆既日食の起こる理由や過程を知っている
- 人間は草原の生き物と違い、皆既日食が珍しく貴重な体験であると知っている
この2つの要素をまとめて、解答を書きあげます。
問2は選択問題です。
何しろ長文を読んで、問1のような記述問題にも解答しなければならないのです。こうした選択問題はできるだけスムーズに進めたいところです。幸い選択肢ア〜エは混同するような紛らわしさがありません。
「私」は皆既日食を前に、その時の自分の感情が喜怒哀楽のどれかがうまく表現できません。ただ、皆既日食の終わりに一筋の光がこぼれ出た瞬間に「生かされている」と感じたのです。そして「私」は意図せず、自分でも知らないうちに涙をこぼしました。
選択肢アのように、恥ずかしく感じたことはありません。選択肢イ、ご婦人と会話して理解を深め合うようなことはありませんでした。選択肢ウ、婦人との強い仲間意識の記述もありません。選択肢エ、「私」は目の前の天体現象に強く心を動かされ涙が出ていました。見知らぬ婦人が気遣いの手を差し伸べてくれたことを覚えているのですから、正解はエです。
この時の「私」は、自然への畏怖であるとか、生命の神秘であるとか、言葉にはし難い感情に揺さぶられていたことでしょう。この感情は、実は大問1の文章の主題ではありません。しかし、(あくまで私の憶測ですが)キリスト教系の学校の試験問題らしく、人間という存在が見えざる神によって生かされている、というテーマが織り込まれています。
さて、一部設問を見てきました。これほどの問題は、ある程度の訓練がないと対応が難しいでしょう。先ほどから繰り返している通り、大学受験並みの文章量を読みつつも、しっかり主題や例を読み分け、細かい比喩も見つけていかねばなりません。なるべく早く、かつ正確に文章を読むための練習を当塾でも行っています。
ぜひ過去問に取り組みましょう
自ら学び、自らが判断できる人間性の育成を目指す、女子学院中学校。その入試問題は、難題ですがとても素晴らしものです。ぜひ過去問に取り組んでみてください。何度か読んでいくと、よく組み立てられた文章と、出題者の意図がわかってきます。非常にシンプルに学習の積み重ねの成果を問う良問揃いです。無駄に飾り立てることなく、深く深く自らを掘り下げる、そんな意図を感じられた入試問題でした。